2001/01/02
 
あちこちで、「金持ちはいい」「貧乏はいやだ」「男はいい」「女はいい」・・・・などいろいろ耳にしますが、わたしは生きている人々はみな平等に幸せがあたえられていると思っています。 
  例えば、お金持ちは、お金はあるが人とのつながりは、お金が主であるので結構さみしいことがおおいようです。
  貧乏人どうしの人のつながりはお金ではなく本当に心が通じているものどうしがいおおいようです。 
  また、人としての器の大きさも、そのひとがどの位苦労したかによって大きかったり、小さかったりするものだとおもいます。つまり、器が小さくて嘆いている人がいたとしたら楽をして生きていることが多いのです。 

  何かを得るには、得るなりの苦労と労力をつぎ込まなければならないし、また、それを得るために失うものが必ずあるようです。 
  正しい生き方というと大げさですが、常になにかに向かって行動することが大事なことではないでしょうか?なにもしないでいることは、確かに楽ですが成長も未来も期待できません。 

  生きているかぎり、生かされているかぎり(ちょっと、宗教的表現)幸せはみな平等にあたえられているのですから、自分を信じて、自分の選んだ道をすすんで行けばよいのだろうと思います。 

ひとはみな平等