2つめの仕事は・・・(音声認識電話機)

2つ目の仕事は、できあがってみるとすごいものだった。(当時の私にとって・・)
ソフト会社の私は、てっきりソフトの仕事だとおもって次の仕事にはいりました。
ソフト会社というものは派遣がが多く、私も某通信機メーカーのO社の中で仕事をすることになりました。

最初に説明を受けて設計したのは、ある電話機のインターフェースロジックで、まんまハード設計でした。
学校では、ほとんど習ったことはないけれど、雑誌の記事とかを読んでいたのが幸いなのか何となくできてしまって・・・・・
その日から、ハード設計一筋の仕事になってしまった。

小出しに依頼される、設計内容はそれほど難しいものでもなく、どれも1〜3日でできてしまうものばかりで結構たのしいしごとだなぁ〜とその時は感じてました。
そんな毎日がしばらく続いたある日、「設計したのを全部まとめてくっつけて・・・・」との話があり、気づいてはいたが、とてつもなく高機能な電話機なのでした。

回路図が完成すると、今度は「基板(部品の乗ったプリント基板)をつくろう」とのこと・・・・
そのなもの、つくったことのない私はとりあえず言われるままに、部品表をつくり実装図面をつくってもらい、外注へ依頼することになった。
新人のうちから、外注に設計依頼するなんて今考えると「すごい時代だったなぁ」と思います。
できあがった、基板の配線図面は、B5の大きさで2枚構成!!チップ部品がごっそり乗っていて「すごい」のひとことでした。
というより、あとでハードデバッグを行う自分の先々が怖(冷や汗)かった。

基板の設計のあとのたいへんな作業が、回路図と設計された基板の配線図が一致しているかどうかを倹図する作業があって、これがまた大変なのです。
膨大な配線を一本一本色鉛筆を使って印をつけながら追っていく作業は、2人がかり3〜4日ほどかかりました。
倹図のあいだにも回路図のミスもみつかりドタバタする始末です。

基板の検図が済むとちょっとゆっくりできる「嵐の前の静けさ」が味わえます。

ゆっくりしている間は、基板の製造まちの状態なので、ソフトの仕様を考える時間にあてられます。
仕様を考えるといっても、新人君のわたしには何をどうすればいいのか判るはずもなく、言われるままに仕様書を書いてました。(おそろしぃ・・・)
あとになって、その仕様書を見たソフト屋さんは、全く理解できなかったらしい。
というのも、ハード設計者の立場から見た一方的な仕様書なのでソフト屋さんには何のことだかわからなかった様です。
そんなソフト屋さんに質問責めにあい、イタイ目にあったもんです。

そうこうしているうちに基板ができあがってきたので、今度は組立るために工場に依頼する作業がはじまります。
試作20式をつくるために、工場を動かすのだからいろいろ手続きが必要なわけで・・・・いろいろイヤな思いをしました。
各部門の責任者のところへ行き、試作品についての説明してまわり・・・・・怒られてくる。
ときには、「そんなもんできっか〜!!」と言われる始末で、いい勉強になりました。
とまぁ、ドタバタと組立をしてもらい無事組立完成までこぎつけました。

完成した基板をみると、「すごいなぁ・・・」「きれいだなぁ・・・」と思いながらも、「これを動く様にデバッグするのか・・」と少々先が心配でした。
新人が設計した、高機能電話機・・・それも20式もある・・・・B5サイズの二枚に基板には回路がぎっしり詰まっていて何処をどうすれば動くやら・・・・
と、「とりあえず電源を入れてみるか」と入れてみましたが、やはりウンともスンとも動きません。おまけに、異常な電流が流れています。(おっとと・・・すぐ切りました)
それでも、設計した最初を思いだし、一つ一つをひもとくように動作の確認してなおしていったら何となく全部動くようになりました。
これを機会にやっとハード設計について多少の自信が持てるようになったのも確かです。

動くようになったからといってそれだけでは終わらないのが製品開発。
こんどは、フィールドテストという実環境での試験です。
私が担当した、この電話機は、自動車で使う電話機で、言葉で電話かけたりするものです。
実際に車を走らせて、電話をかけ通話をする毎日がはじまりました。そうです、毎日がテストと称するドライブです。
走るところは、いつも高速どうろばかりで同じ区間を行ったり来たり・・・・・・

操作する言葉のコマンドは、「呼び出し」「電話」「終了」・・・・いくつかの言葉のコマンドを発声して行います。
こんなテストを長くしていると声もかすれてきて最後にはコマンドも受け付けにくくなるありさまでした。
それでも、認識率が90%台がてたのは、まぁまぁよかったのかもしれません。(80年代後半のはなし)

結局デモ機として10数台ほど出荷したようですが、時代の流れとしてはまだ早すぎたのと、大きかったので量産はされませんでした。
でも、量産となるといろいろ問題もでるのでちょっと安心。

とまぁ、ドタバタの中でもやっとハード設計技術者としてやっと一つの仕事をやり遂げたという自信がもてたのです。
 

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